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他人の好意を台無しにするブログ

月と六ペンス

 

あるパーティで出会った、冴えない男ストリックランド。ロンドンで、仕事、家庭と何不自由ない暮らしを送っていた彼がある日、忽然と行方をくらませたという。パリで再会した彼の口から真相を聞いたとき、私は耳を疑った。四十をすぎた男が、すべてを捨てて挑んだこととは――。ある天才画家の情熱の生涯を描き、正気と狂気が混在する人間の本質に迫る、歴史的大ベストセラーの新訳。

 

ストリックランドの絵画に懸ける異様なまでに純粋な想いは、ダラダラと人生を過ごしているアラサーとしては憧れるものがあるし、その得体の知れない熱量がこの人物の魅力なんだと思うけど、あくまで語り手である「わたし」の視点から描かれている小説なので、彼の情熱がどこからきたのか、なぜあのタイミングで、なんてことはハッキリしないまま話が終わるところが興味深かった。

作中には自分に尽くしてくれた知り合いから妻を寝取ったとかいうエキセントリックなエピソードも語られるけど、それは「わたし」が実際に見聞きしたから詳細に語れることであって、ストリックランドを理解するにあたって本当に重要な部分かはわからない。凡人には天才の思考は理解できない、というありきたりな話だけではなく、そもそも人間は他人のことを理解できるのか?という問いにまで考えが及んでしまったし、「わたし」の語りがそれに自覚的なのも良かった。

特に創作物だと書かれている部分だけでキャラクターの全てを分かった気になってしまいがちだけど、ブラックボックスのような語りえない部分を残しているからこそ、ストリックランドというキャラクターは魅力的なんじゃないかと思った。