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他人の好意を台無しにするブログ

わたしを離さないで

 

優秀な介護人キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設へールシャムの親友トミーやルースも「提供者」だった。キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度……。彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく。

5年くらい前に買ってずっと本棚の隅に眠っていた小説。2017年に作者がノーベル文学賞とったころに買ったんじゃなかったっけ…と思ってたけど、2016年に放送された(1話も見たことないですが)ドラマ版の帯がついていた記憶があるから、そのちょっと前だったっぽい。その帯もいつの間にかどこかに行ってしまったけど…。

 

それなりに有名な小説なので、作品のコアになる部分を読前から知ってしまっていたというかなりもったいない読書体験のような気がするけど、まぁ割と序盤でわかることなのでいいか。

主人公含めた登場人物たちはみな臓器移植の提供者となるために作られたクローンで、ヘールシャムという施設はそのクローンを育てるための施設、という救いようのないお話。

何となく漫画の『スパイラル 〜推理の絆〜』や『約束のネバーランド』を思い出す設定だけど、衝撃的だったのが、この作品は主人公達が残酷な運命に立ち向かう話ではないんですよね。ヘールシャムでは「提供」が当然のことだと教えられており、他の価値観と交わることも殆どなかったから。

キャシーの語りによって、ヘールシャムでの日常や、トミー、ルースとの関係の変化が淡々と語られていく。本当に普通の少女が気にするような友人関係や性の悩みが語られていくのが逆にいびつで、不気味。読者の目線からだともっと他に語るべきことがあるだろって思ってしまう。

普通の小説にあるような謎を暴いたり、システムへの反逆なんてことは起きず(一応アクションを起こすことはあるのだが、それも根本的な解決ではないし、結局全部徒労だった)に、最終的には与えられた使命のままに一生を終えていく。

三者的に見るとどうしようもなく残酷なんだけど、同時に運命を当然のものとして受け入れている彼らはとても穏やかな人生を送っているように思えた。それがまた酷に思えてくるのだけど、少なくとも4回臓器移植のドナーになって死ぬという状況で僕たちが考えるような悲惨さは感じなかった。間違いなく救われないんだけど、それでいて清々しさも感じる不思議な読後感があった。単なるバッドエンドの小説ではないと思う。

全くもって読者側の価値観に寄せてこない冷静な語り口がそう感じさせるのかな。この苦々しさと穏やかさが共存する感覚は、本当に不思議としか言いようがないと思う。