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他人の好意を台無しにするブログ

プロジェクト・ヘイル・メアリー

 

大ヒット映画「オデッセイ」のアンディ・ウィアー最新作。映画化決定!未知の物質によって太陽に異常が発生、地球が氷河期に突入しつつある世界。謎を解くべく宇宙へ飛び立った男は、ただ一人人類を救うミッションに挑む! 『火星の人』で火星でのサバイバルを描いたウィアーが、地球滅亡の危機を描く極限のエンターテインメント。

 

しょっちゅう変なアニメを勧めてくる友人はいるけれど、小説や映画を勧めてくる友人はいない。それでも適当に好みが合いそうな人の読書ブログの記事を追っておけば面白そうな本の情報は入ってくる。良い時代になったものです。

 

見渡す限りあらゆるメディアで絶賛されていたし、『オデッセイ』の原作者の作品ということでかなり読前の期待感を持って読み始めたのですが、それに応えるだけの傑作でした。

というか『オデッセイ』はもう7年前の映画なんですね。確かに観たのは大学生の頃だったな…という記憶がよみがえってきましたが、時間の流れが速すぎる。

 

あの映画のキャッチコピーが「火星ひとりぼっち」だったと記憶していたこともあって、本作も(主に表紙を見て)いわゆる「宇宙ひとりぼっち」ものなのかなと思っていたし、実際途中までは記憶もない、周囲がどこかも分からない、完全に孤独な状態で物語が始まるのですが、予想だにしない登場人物が現れたときの驚きがすごい。

 

その"相棒"ロッキーとの交流や2人の間に生まれる絆は、バディもの好きとしては本作にハマってしまう大きな要素の1つになりました。そして物語に浸っているうちに(コミュニケーションツールの問題だけど)会話が片言で妙な愛嬌があるロッキーの事がだんだん好きになってしまう。「しあわせ」「よい、よい、よい!」「きみはもう友だち」とか。そしてビートルズの『A Hard Day's Night』が英語の文法としておかしいことよりにもよって異星人に指摘されるくだりは笑ってしまった。ロッキー賢すぎでしょ。

 

それぞれの生態や環境によって、進んでいる部分、他方より遅れている部分があるのも面白かった。宇宙船を作る技術はあるのに、放射線相対性理論の存在は知らない、ということがあったりするけど、必要は発明の母というか、異星の知的生命体が(それこそ『幼年期の終わり*1オーバーロードのように)必ずしも人類の完全上位互換のような知性・技術を備えているわけではないのいうのは、サイエンス・フィクションとして興味深い想定だなと思いました。そしてエリディアンが相対性理論を知らずに宇宙に出た、ということがちゃんと物語の進行において重要なキーになるの、お話を考えるのが上手すぎますね…

 

もう一つ本当に面白いな、と思ったのが、不測の事態や未知の現象・存在に直面し、それに対して仮説を立て、実際に確かめる。問題が解決した…と思えばまたそこから新たな疑問が生まれてくるので、また仮説を立てる…、といった具合に、仮説と検証を繰り返す「科学」の営みそのものが本作のストーリーになっている点。ページをめくるたびに知的好奇心をくすぐられるし、なんというか、科学って面白いんだよ!と作者から問いかけられている感じ。

 

海外もののSFって(特に古典であれば尚更)改行もろくにされていなくて文章も迂遠で読みづらい印象があったんですけど本作はそういうストレスとは無縁で、理論パートもそこまで込み入ってなかったし、まぁ所々読み飛ばしても大筋の理解には困らないので読みやすい部類に入る(と思う)のも好ポイント。

加えて、ちょくちょくSF映画やアメコミのネタが出てきたりと随所にユーモアあふれる描写が織り込まれていたのもよかったです。「ぼくはオタクなので」。*2

絶体絶命のピンチでも主人公のグレイスがちょくちょく軽口や皮肉を飛ばすので、深刻な状況にも明るく立ち向かっている人間の強さの描写にもなっていて好感が持てました。ユーモアの大切さについてはサー・ナイトアイも言ってましたからね。

僕が『スター・トレック』に疎いのでそれ関連のネタを拾えなかったのはちょっと残念でした。

 

ご都合主義がすぎる健忘薬の存在など、SFものとして若干引っかかる部分はあったし、前半に比して後半がトントン拍子すぎるのも気になったけど*3、本作を通して得られるカタルシスに比べれば些細なことでしょう。

ひとつだけ欲を言えば(完全にネタバレになるけど)グレイスにはちゃんと地球に帰ってストラットに皮肉のひとつでも言ってほしかった…。

 

何も知らない未知の状況から冒険が始まり、相棒と出会い、苦難を工夫して乗り切って…と、広大な宇宙での壮大すぎるスケールの冒険を描いた作品で、読みながら興奮が止まりませんでした。久しぶりに夜中までページをめくり続けてしまった。

読んでいて、10歳くらいのころ大好きだった『十五少年漂流記』を読んでいたときの興奮を思い出すような感覚があったし、結局アラサーになっても子供の頃と同じような話でワクワクしちゃうんですよね。

*1:僕が読んでいるのは光文社古典新訳文庫版だぞ、というアピールです

*2:本作にこういう文章があるから引用しただけで、この記事を書いている僕はオタクではないです。

*3:そして「上手くいきすぎだろ…」と思っていたところに落とし穴があるから油断ならない