ジョゼと虎と魚たち
2020年最後に観た映画は本作になりました。
映画館の予告で流れるビジュアルが綺麗だったのと、主題歌を担当するEveの曲をここ2年くらいでかなり聴くようになったので、結構長い間楽しみにしていた作品。
趣味の絵と本と想像の中で、自分の世界を生きるジョゼ。
幼いころから車椅子の彼女は、ある日、危うく坂道で転げ落ちそうになったところを、大学生の恒夫に助けられる。海洋生物学を専攻する恒夫は、メキシコにしか生息しない幻の魚の群れを
いつかその目で見るという夢を追いかけながら、バイトに明け暮れる勤労学生。そんな恒夫にジョゼとふたりで暮らす祖母・チヅは、あるバイトを持ち掛ける。
それはジョゼの注文を聞いて、彼女の相手をすること。
しかしひねくれていて口が悪いジョゼは恒夫に辛辣に当たり、
恒夫もジョゼに我慢することなく真っすぐにぶつかっていく。
そんな中で見え隠れするそれぞれの心の内と、縮まっていくふたりの心の距離。
その触れ合いの中で、ジョゼは意を決して夢見ていた外の世界へ
恒夫と共に飛び出すことを決めるが……。
鑑賞前のイメージ通りビジュアル的な点数がかなり高い。絵本奈央さんによるキャラデザにボンズの作画、コンセプトデザインにloundrawまで噛んでるとあって、視覚的には申し分ない作品でした。
主人公の恒夫に海との接点を、ジョゼに人魚姫のイメージを持たせて空想の海中や、実際の海のシーンを描写してるのも自分たちの強みを分かっているなあと感心しました。
特筆すべきはジョゼの描写がとにかく可愛らしい点。序盤ひねくれて口が悪いだけだった彼女が恒夫に外の世界に連れ出してもらい、様々なことを経験する中で徐々に表情を輝かせていくのは観ててすごく気持ちよかった。後述する原作小説や実写でもジョゼに対してこのような描き方はされていなかったので、アニメ版ならではの特徴かなと思います。
祖母に「外の世界も悪くない」と言ったりお洒落しはじめたりと、ひょんな出会いから彼女の世界が変わっていったことが伝わってきて良かった。こういう話には弱い。
一方で、ジョゼと恒夫の純愛ものと考えればまぁ満足できるストーリーだと思うのですが、それ以外の部分を描くにあたって、何というか過剰に毒抜きされている印象を受けました。
ジョゼは「外の世界は虎」と言って基本家に引きこもってるのですが、実際そんなに外の世界がジョゼにとって厳しく描写されてるかっていうと、そうでもないんですよね。
駅でおじさんとぶつかって難癖付けられるシーンは入ってるけど、そのおじさんは他のおばさんにも難癖付ける(し、おばさんに逆襲されるというガス抜きまで入る)ので、別に「世界がジョゼに厳しい」という印象は全く受けなかったです。
「夢を追いかけること自体が簡単じゃない人もいる」ということ(これは障碍者だから、に限らない重いテーマだと思う)で恒夫とジョゼが言い争ったとき「健常者には分からん」って台詞をジョゼが吐くのですが、「えっ、健常者とか障碍者とかの話してなくない?」と困惑してしまいました。*1
ジョゼ(と観客)にとって辛い描写をおそらく意図的にオミットしたせいで、扱っているテーマの説得力が薄れている印象がぬぐえなかったのは少し勿体ないかなあ。
勿論産まれたときから足が動かないジョゼが苦労をしていないわけがないので、どういう人生を過ごしてきたとか、観客側が自分で想像して彼女の台詞に説得力を付け足すことはできるんだけど、それ任せにして作中では優しい世界だけ展開する、というのは作品としての誠実さに欠けるように思えました。
終盤にジョゼが1人で動物園の虎と対峙するシーンも、恒夫から離れて自身が「虎」と表現する厳しい世界と1人で向き合っていくっていう決意が表れていて非常に良いシーンだったのですが、やっぱり今までの描写が優しい世界だったので今一つ没入感に欠けるんですよね。
そしてもっと納得いかないのが、「健常者には分からん」って言われた恒夫が交通事故に遭って一時歩けなくなるという唐突な展開。あまりの急展開と場所が見覚えのある須磨水族館の前だったのもあってちょっと笑いそうになってしまいました。
他人の気持ちなんて究極的には分かるわけがないのだから、想像して少しでも想いを寄せることが重要であって、そちらの方が物語的にも美しいと思うのですが、事故って足折ってジョゼと同じ境遇になったからジョゼの苦悩が分かった、というのはあまりにも強引で安直ではないでしょうか…。
そりゃ自分がそうなったらそうだろ、というかそれはジョゼの苦悩じゃなくてもはや恒夫自身の苦悩じゃん。
消沈した恒夫にジョゼが紙芝居で感謝と激励を伝えるシーンは良かったと思うんだけど…。
ジョゼと恒夫の純愛ストーリー、だけであれば悪くない出来なんだけど、それ以外の要素で登場人物や観客に負荷をかける要素を除いた結果肝心のメッセージ性がぼやけてしまったり、ちょっと展開が雑だったりしたのが気になる作品ではありました。
ちなみに、原作小説も実写映画も触れていなかった状態でも『ジョゼ』ってこういう話だったの?イメージと違ったんだけど…と思ったので、すぐに小説も読んで実写映画も観て、媒体ごとのエッセンスの違いを検討してみることにしました。
感想は別記事に書きますが、原作の「足が不自由な女性との恋愛」のピュアな部分を最大限抽出して映像化したのがアニメ版なんだろうな、と思いました。
原作や実写版では気が滅入るような展開や後ろ暗い描写も多かったりするので、クリスマスシーズンに公開するアニメーション映画としてこういう原作の再構成をするのは間違いじゃないとは思います。原作小説は10分もあれば読み終わるような短編なのですが、実写とアニメどっちが悪いとかじゃなくて、どの部分を膨らませたかで生まれた違いだと思うので、原作を読んだ上で両方の内容を比較するのも面白かったです。
ただこれを「青春恋愛小説の金字塔」って表現するのは語弊しかないのでは???
原作の恒夫とジョゼの関係はかなり歪だと思うのですが…。
*1:もっと言うとジョゼの夢は絵で仕事をすることなので、尚更足が動かないことがマイナスになるのか?と思ってしまう