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他人の好意を台無しにするブログ

アングスト/不安

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殺人罪で8年服役していた男が、3日間のみ許された仮釈放の機に家族3人を惨殺する、というオーストリアで実際に起こった割ととんでもない事件を題材にした映画。

1983年に公開されて本国オーストリアでは1週間で上映打ち切り、イギリスとドイツではビデオも発売禁止になったという曰く付きの作品。日本では劇場未公開でVHS作品としてのみ入ってきたけれど、300本程度しか売れず絶版になった幻の作品。

時代が追い付いたのか、2020年になって日本で公開されることになり、上映禁止とか言われるとつい観たくなってしまうカリギュラ効果も手伝って観てきました。

 

ちなみにギャスパー・ノエがファンを公言し、「あの」『ネクロマンティック』の監督であるユルグ・ブットゲライトも熱烈な支持を表明している作品だとか。でしょうね

 

殺人者を描いた映画はそれこそ数えきれないほどありますし、割とよく観ているジャンルだと思うのですが、この作品は徹底的に主人公の殺人行為を俯瞰的に、観察するように描いているのが印象的でした。

多用される上空からのカメラアングルだったり、登場人物に寄り添った演出の少なさだったり。被害者である家族が恐怖する、というようなシーンも殆どありませんでした。主人公も心情や過去の経験を述懐するモノローグこそ入るものの殆ど会話はないんですよね。喋る相手いないから当たり前ですが。

 

ノローグを聞く限り彼は頭の中の妄想を実現するために殺人行為に及んでおり、自分では「計画を練っている」というものの、殺人欲求とその場の感情に任せた非合理的で無軌道な行動が続き、頭の中の計画は何一つ成就していないのも興味深い。パンフレットのインタビューで監督が「人間は合理的な存在でしょうか?」という問いかけが作品つくりのきっかけの1つと答えていましたが、人間の非合理的な側面の極致をこれでもかとぶつけてくるような映画なのは間違いない。

 

その中でひしひしと伝わってくるのがタイトルにもある「不安」。

複雑な家庭環境で冷遇や虐待に晒されてきた主人公は、常に何かに怯えているような様子を見せているのが印象的でした。ここに関しては主演であるアーウィンレダーの演技が見事。ただその過去に関する描写は独白のみなのと、やってることがやってることなので主人公に対する共感や同情は生まれず、あくまで俯瞰的な目線は保たれる、という線引きはしっかりしていたと思います。

 

異常者の殺人を加害者目線でも、被害者目線でも描かずに一歩引いた視点から観察し、「狂人」のありさまを突きつけてくる作品でした。そこには常人には理解しがたい衝動と、3人が殺された、という事実があるだけ。

普通に生きていれば出会うことのない行動・考え方をする人間に触れられるのがフィクションの良いところだと思うので、こういうイカれた人を描いている映画結構好きなんですよね。まぁこの作品は事実に基づいているのですが…。

 

ちなみに本作のモデルとなった事件から今年で40年みたいですが、犯人は終身刑になって今も収監されているとか。パンフレットに制作のための取材の困難などあれこれ書かれていて興味深かったです。

 

おしまい。