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トゥルーノース

true northの意味 - 小学館 プログレッシブ英和中辞典
1 真北(◇地軸を基にした北)
2 真に重要な目標

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絶望の淵で、人は「生きる意味」を見つけられるのか? 1960年代の帰還事業で日本から北朝鮮に移民した家族の物語。平壌で幸せに暮らすパク一家は、父の失踪後、家族全員 が突如悪名高き政治犯強制収容所に送還されてしまう。過酷な生存競争の中、主人公ヨハンは次第に純粋で優しい心を失い他者を欺く一方、母と妹は人間性を失わず倫理的に生きようとする。そんなある日、愛する家族を失うことがキッカケとなり、ヨハンは絶望の淵で「人は何故生きるのか」その意味を探究し始める。やがてヨハンの戦いは他の収監者を巻き込み、収容所内で小さな革命の狼煙が上がる。

Netflixで配信されると知ってから、一度見ておきたかった作品。

劇場公開もされていたようですが、知らないうちに終わっていた…。

 

北朝鮮強制収容所に収容された家族を描いた、割ととんでもない設定の映画。

見てまず思ったのが、「本当にこれは現実なのか?」ということ。とても現代(といっても1995年から始まるのだが)に起こっていることとは思えない。30人ほどの脱北者から話を聞いて制作しているドキュメンタリー的な要素もある作品なので全てが創作ってことはないのでしょうが…あまりに凄まじすぎてフィクションであってほしいと思うレベル。主人公たちが罪を犯したのではなく、父親に政治犯の疑いがかかったから一家全員収容、というのがまた凄い。父親は実際クロっぽいのがアレですが…。

収容所の中の地獄みたいな描写もなんだけど、途中で車を止めてほしいと懇願する老婆を無視して、車内で失禁させてしまうシーンで「ああ、この人たちは人間の尊厳を軽視しているんだな」ということが伝わってきて印象的でした。

過酷な収容所内の生活で徐々に心が荒み、主人公のヨハンは他人を裏切ってでも生きていこうと思うようになるのですが、収容所の描写が地獄なので説得力がものすごい。善性を失っても変にヘイトを買うことなく、「普通そうなるよな…」と納得してしまいました。むしろその中で利他に徹している母と妹に何故?と思ったかもしれない。ヨハンが手を汚して持ってきた食料はちゃっかり食べているのに…。

中盤で自身の所業が母親の死を招いたことをきっかけに、ヨハンは善く生きることを決意するようになって、利他の心を取り戻していく。「人はどんな地獄でも他人に優しくすることができる」という普遍的なヒューマニズムを謳った作品なのですが、あの悲惨というのも生温い場所でこれを主張するというのが尊いと思う一方、人によっては非現実的に思えて冷めてしまうかもしれないな、とも思う。

流石に妹と母親は聖人すぎて現実離れしてると思う部分もあったんですよね。レイプされてできた子供を育てる妹とか究極の「赦し」の体現だとは思うけど、そこまでできるか???という。この作品と『重力ピエロ』でしか見たことない。

 

とはいえ全体的に見れば良質なヒューマンドラマで面白かった。繰り返しになるけど収容所の過酷な生活が人間の輝きを際立たせている。

最後のシーンでのヨハンの表情が、どんな場所でも希望を捨てない人間の強さを表していて印象的でした。

"true north"は「真北」から転じて「生きる上での羅針盤」みたいな意味があるようで、「どんな状況でもあるべき人の姿があるし、人間はそうなれる」という希望が本作のタイトルに込められていて、もちろん「本当の北(朝鮮)」という意味も含まれていて秀逸だなあと思いました。タイトルにセンスがある作品はすぐ好きになってしまう。

冗長で情緒のかけらもないやつはちょっとね。

 

この映画でもう一つ印象的だったのが、北朝鮮強制収容所の物語という高度にポリティカルな題材を取り扱いながら、イデオロギー色が意図的に薄められていて、あくまで作品自体は人間讃歌のドラマで通している点。

収容所で働く人たち(軍人?)とか、血も涙もない悪人として描写してもよかったと思うんですけど、ちゃっかり韓国ドラマとか観てたり、収容者に優しい人もいて人間らしかったのが意外というか、そりゃそうだよなというか。

まぁ最初は優しかった人が…だったりもするんですが。

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こういうインタビューを何本か読んだのですが、そもそもこの題材をアニメで制作したこと含めて「世界中の1人でも多くの人に見て、知ってもらうため」なんですよね。そう思うと北朝鮮の話なのに全編(ほぼ)英語で制作されていることも合点がいく。

もちろん作り手側のモチベーションと作品が面白いかどうかは別なのですが、この作品を作るために10年を費やし、インドネシアに移住までしてこの作品を作り上げた監督。

その意志に対して素直に尊敬の念を禁じ得ないし、無論娯楽作品としても面白い。この作品に込められた役割を果たすに足る作品だと思います。